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神宮寺 韃靼 |
お堂の中から経文を読む声が聞こえてきます。
その後、床に身体を打ち付ける五体投地の音が聞こえ、バタバタバタ…とけたたましい"走り"の響きが続きます。
何も見えませんが、音から中で行われている修二会の様子を伺い知ることができます。
やがて境内の電灯が全て消え、お堂の中に韃靼の松明の炎が明るく見えてきます。
韃靼の松明 |
お堂から僧たちが |
境内の閼伽井(あかい)の近くに作られた大護摩へと向かいます。
神宮寺境内の大護摩 |
大勢の白装束の僧が大護摩の前に並んで般若心経を唱え、護摩の四隅を順に斧を振り下ろしたり、弓を射ったり、刀で切ったりしました。祓の意味なのでしょうか。
そして、いよいよ大護摩に火が入りました。時々、ブスっとくすぶったり、ドスっと爆発したりしています。
神宮寺の大護摩 |
境内の木々に燃え移らんばかりで、これを見ている大勢の人々にも容赦無く火の粉が降り注ぎます。
(全国的に風がとても強い日でした)
大護摩の火が小さくなってきたところで、大松明、中松明の順に大護摩の火から火を取り、境内の外へと出て行きます。
いよいよ私たちが持つ手松明の番。
炎の消えた大護摩に手松明を突っ込んで火を取り、大護摩から離れようとしますが、ぎゅうぎゅうに人が詰めてきていてそれもままならない。
火の着いた松明を持った人が、ひしめき合う人々の中で身動きが出来なくて危ない状態です。
私たちも何とか境内の外へと出ていきます。
手松明を持って鵜の瀬へと向かう |
この温かい灯は、現実離れした不思議な雰囲気を演出しています。
松明の灯が神宮寺から鵜の瀬へと続く |
わぁ~っと声を上げるほど幻想的な光景です。
大勢の人々が松明を手にして、遠敷川(おにゅうがわ)に沿って約2㎞の道を歩いているのです。
例年、この道を歩く一般参加の人は約3,000人と言われています。
今年は土曜日にあたっていることもあり、約4,000人と予想されているそうです。
(小浜市は人口約30,000人ですから、その1/10がここに集まる計算)
とてもたくさんの人が神宮寺の境内にいたのだ ということに気づかされます。
鵜の瀬の大護摩 |
何せ大護摩の煙と熱が凄くて、ほとんど目を開けていられません。
遠敷川を渡る |
祝詞をあげる |
遠敷川に水が注がれる |
これがこの神事のクライマックスです。
注がれたお水は、鵜の瀬の水中洞穴を通って、10日後、遠く離れた奈良 東大寺二月堂の”若狭井”に届くとされています。
その閼伽水(あかみず)を取り、二月堂の仏に供えるのが有名な”お水取り”です。
毎年、小浜の”お水送り”は3/2、奈良の”お水とり”は3/12に行われます。
2年前、東日本大震災後のゴールデンウィークにも”神宮寺””鵜の瀬”を訪れました。
その時に想像した光景が生き生きと目の前で繰り広げられて、印象深く心に残りました。
日本の神仏混淆の姿をまさに見たという気がしました。
仏教が遥かシルクロードを通って中国・朝鮮、そして日本の玄関口 小浜から日本に渡り、更に鯖街道を通って遠く奈良にまで伝わっていった、その道のりに想いを馳せました。
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